京都の整骨院院長ドロンパの思考錯誤

人材コンサルティング、整骨院、ロードバイク、写真、料理、ギター(押尾コータローと、VAN HALEN)、読書、節約、猫

自分自身が書く文章はその人の人生の履歴書だ、ということを考える

こんにちは、ドロンパ院長です。

今日は友人に言われたことについて。「あたなのブログはカシコが書いてる印象を受ける」と言われました。向こうは良い意味で言ってくれてるのかもしれませんが、僕はあまり自分の文章が好きではありません。悪い意味のインテリっぽい感じがあるからです。

日々僕はブログを書いていますが、読んでいてもそうですがなんとなくその人の文体というか言い回しみたいなものってあると思います。これは話し言葉とも同じで、いくら兄弟でも育つ環境によって言葉遣いが多少は違うのもそうですが、本や漫画など自分が今まで読んできたようなメディアの書き方になっていることが多いと思います。

僕の場合であればビジネス書をたくさん読んできたのでおそらくビジネス書っぽい書き方になっているのだと思います。

f:id:kazumine50:20170805234021j:plain

はてなブログの中でも大学生の方がけっこうブログを書いてて読ませていただいていますが、ハッキリ言ってすごく読みやすい。まとまっています。自分が大学生の時に書いてもこんなにまとめられんだろ、といつも驚愕です。

なんでなんかなー?と単純に考えると、彼らはスマホネイティブ世代と言われるような、「ネットの記事」に幼い頃から慣れ親しんでいます。ネットの記事は(玉石混合ではありますが)たいていコラム的なものであればすごくうまくまとまっています。文字数もそんなに多くないので読みやすいし、簡易な言葉で書かれている場合がほとんどです。やはり大学生ブロガー達もそういうものに影響されてきてるんでしょう。

f:id:kazumine50:20170812062933j:plain

ちなみに僕は感性を若く保ちたいので、大学生のブログは積極的に読むようにしています。大学生が普段どういうことを考えてるのか?って知る機会ほとんどないですから。ホリエモンなんかは「感性を若く保つために若者が聴くような音楽をあえて聴いている」と言っていましたが、これは個人的には難しいなあ・・・。

ブログを書くということは創作活動です。僕は音楽をやっているのでよくわかるのですが、自分でオリジナルの曲を作る時、どうあがいても自分が今まで聴いてきたアーティストの曲に似てきます。メロディもそうだしコード進行とかも含め。

f:id:kazumine50:20170812063134j:plain

https://j-d-burst.com/news/jimi-hendrix/

よくブログは100記事書いたらそこからがスタートと言います。昔音楽雑誌でアーティストがこういうコメントをしていました。

ミュージシャンってのは最初のアルバムを作るのに、それまでの音楽人生全てをぶち込む。その後が問題だ。2枚目以降、同じようなアルバムを作っても売れない。2枚目以降はそれまでのものと、様々な耳から入ってくる音楽の情報を自分で消化して、それに影響されながら作ることになる。自分の聴きたい音楽を聴いてインスパイアされるのは当たり前だが、耳だから聴きたくない音楽も入ってくる。影響から逃れるのは不可能だよ。

うろ覚えですが、こんな内容だったと思います。もうアーティストの名前も忘れましたがまさしくコレは創作活動のどれにでも当てはまると思います。小説家でもそうでしょう。

  1. はじめの一冊は自分の今まで読んできた本や考え方を綴る。
  2. 一冊目を書き終えた時点で全てが無になる。
  3. 二冊目以降は無の状態から様々なものに影響されて作品と共に自分が成長していく

ブログ100記事書くことが本を一冊出版することとイコールでは到底思えませんが、100記事書くと全てを出し切るのだと思います。もちろん人によっては30記事でだしきる人もいるでしょう。100記事書いても全くネタ切れせず、どんどん進化しながら書ける人もいるかもしれません。 

f:id:kazumine50:20170812063533j:plain

http://pr.nikkei.com/lp/autobiography/?n_cid=STORE886

100記事というのは単なる指標にしかすぎませんが、その過程で様々なことを体験するし、インプット量も増やしていかなくてはいけないと思います。もちろんインプット媒体の種類も。このビジネス書ライクな書き方をどうにかしたいねんけどなあ・・・。